山本寛研究室 特集

エンプロイアビリティ

エンプロイアビリティとは

雇用する(エンプロイ)と能力(アビリティ)を組み合わせた言葉で、働く人が企業などの組織に雇われる(または雇われ続ける)ための能力やその可能性を意味します。そして、企業などの組織の人事管理、政府の政策、学校教育など、多くの場面で使われています。

IT化などによる技術革新の進展によって、これまで仕事ごとに必要とされてきたスキル(技能)が古くなり、使えなくなるスピードが速くなってきました。つまり、過去に獲得したスキルや経験は、現在または近い将来十分な業績を挙げるのには不十分になります。言い換えると、仕事ごとに求められるスキルの水準が高まり、働く人が持っている能力とのギャップが大きくなっています。エンプロイアビリティはそのギャップを埋めるのに重要な役割を果たすのです。わが国では、エンプロイアビリティという言葉自体はある程度普及し、聞いたことがあるという人は多いようです。しかし、その意義などは広く普及しているとはいえないのが現状です。

エンプロイアビリティの対象

エンプロイアビリティの対象は、現在何らかの組織で雇用されていない人と雇用されている人とに分かれます。前者の雇用されていない人や雇用状況に問題を抱えた人として、これから就職する学校の卒業生、長期間失業状態にある人、障がいを抱えている人などがあります。特にヨーロッパ諸国では、これらの人々の労働市場における位置づけを強化するための政策的な検討がなされてきました。長期間失業状態にある人々は、政府の援助、例えば、職業訓練などによって組織に雇用されるための新しいスキルを獲得しなければ、雇用の機会がより少なくなると考えられるからです。後者は後ほど取り上げます。

エンプロイアビリティの要素

エンプロイアビリティはどのようなものから成り立っているでしょうか。それは、個々の職業や仕事ごとに必要とされるスキル、専門知識や資格だけではありません。

第1に、能力的側面では、その仕事や職業への適性、仕事を探すスキル、新しい知識を学習する能力、新しい困難な環境にも適応していく能力(レジリエンス)などが挙げられます。

第2に、意欲や行動的側面では、仕事に取り組むモチベーション、(企業や仕事を)移動したいという意欲、今後自分のキャリアをどのように設計していくかというキャリアマネジメントなどが挙げられます。

第3に、性格的側面では、必要な行動を実行できる自信や人間性などが挙げられます。

第4に、知識的側面では、労働市場に関する知識、仕事についての情報やサポートを与えてくれる人脈(ネットワーク)に関する知識などが挙げられます。

以上は、個人的側面といえますが、その他環境的側面として、政府や企業の能力開発に関する政策や制度、(人手不足、人手過剰など)労働市場の状況が挙げられます。

このように、エンプロイアビリティには多様な側面があり、非能力的側面も含むとともに、純粋に個人的なものでないこともわかってきました。

安定した絶対的なエンプロイアビリティと変動しやすく相対的なエンプロイアビリティ

エンプロイアビリティには、比較的安定し、どのような状況でも特定の仕事を獲得するのに(絶対的に)必要とされる能力を示すものと、労働市場での需要と供給によって変動し、その仕事を求める人々のなかでの能力の相対的な位置(順位)を問題とするものがあります。どの国でも、時代を越えて医師になるために必要な、医学部での高度な専門知識の習得などが前者にあたります。それを身につけ、医学部を卒業し国家試験に合格することで、非常に高い確率で医師として組織で雇用されるからです。それに対し、現代では多くの人々が相対的なエンプロイアビリティを考えなければならないでしょう。なぜなら、働く人のスキルが古くなる速度が速まったため、その人が他社で雇用可能かどうかは個人や労働市場の状況によって変動するようになってきたからです。エンプロイアビリティを高めるには、現在、自分の職業、専門分野や仕事のニーズがどの程度あるのか、近い将来、どのような職業や仕事のニーズが高まるかなどの労働市場についての知識と、雇用されるためにはどのような経験、スキルや資格を身につける必要があるかについての知識が必要になります。

現在の組織で役立つエンプロイアビリティと転職に役立つエンプロイアビリティ

エンプロイアビリティには、組織との関係からみて2つの種類があります。

第1が、現在の組織で周囲から評価されて、雇用され続ける能力で、内的エンプロイアビリティといいます。企業の業績が悪化して社員をリストラせざるを得なくなった場合でも、最後まで辞めさせられないような(社員のもつ)能力のことです。これを高めるには、これまでは主に、商品知識などその企業でしか使えない能力(企業特殊的能力)を蓄積することが求められてきました。

第2が、ただ転職できるだけでなく、現在と同等以上の処遇、条件で転職できる能力で、外的エンプロイアビリティといいます。これを高めるには、転職市場で評価の高い、他の企業でも使える能力を蓄積することが必要です。

歴史的には外的エンプロイアビリティの方が先に注目されました。なぜなら、ヨーロッパでは長く、現在失業している人々の雇用を促進する政策としてエンプロイアビリティの向上が強調されたからです。

それに対し、日本経団連は、「日本型エンプロイアビリティ」を唱えました。これは、わが国では、欧米で主に取り上げられてきた外的エンプロイアビリティだけでなく、内的エンプロイアビリティを重視すべきだとしたものです。この背景には、わが国では、転職する人々が増えてきたとはいえ、欧米ほど転職市場が育っておらず、他社でも使える高い専門的能力を評価され転職する人が欧米ほど多くなかったという事情があります。さらに、終身雇用を支持する人々の比率が高く、リストラされなければ現在の組織で勤め続けたいという人々が多いからです。

日本経営者団体連盟のNED(ネッド)モデルも、内的エンプロイアビリティと外的エンプロイアビリティの関係を示しています。これによると、エンプロイアビリティは、A(労働移動を可能にする能力)とB(当該企業内で発揮され、継続的に雇用されることを可能にする能力)の和と考えられます。Aが外的エンプロイアビリティ、Bが内的エンプロイアビリティです。加えて、Cは当該企業の内と外の両方で発揮される能力、(A-C)は当該企業内では発揮することができない能力、(B-C)は当該企業内だけで発揮することができる能力となります。転職が一般的になった現代では、Aや(A-C)の能力をも高めるために研修などを行う必要性が高いといえます。そうでないと、キャリアの発達を強く志向する優秀な人材の自社への引き留め(リテンション)は難しいといえます。

また、内的エンプロイアビリティと外的エンプロイアビリティとの間にはプラスの関係が見られるのではないかと考えられてきました。つまり、一般に、他社でもやっていける能力を持っている人は、現在の組織でも、雇用され続けると考えられます。

NEDモデル (出所)日本経営者団体連盟(1999)より引用

図 NEDモデル

(出所)日本経営者団体連盟(1999)より引用。

エンプロイアビリティ向上における組織の役割

欧米でも多くの企業で、社員に長期の雇用を保障していくことが困難になってきました。そこで、雇用を保障する代わりに社員のエンプロイアビリティを高める「エンプロイアビリティ保障」という考え方が広がってきました。これは、企業側が主導するエンプロイアビリティを示します。研修などで社員にスキルや知識を習得する仕組みを保障していくことで、社員の専門的なスキルを高め、彼らの雇われる能力を企業が支援していくことを指します。これによって、社員は企業が自分のエンプロイアビリティを高めるために必要な援助をしてくれることを期待でき、その見返りに自分の業績の向上にこれまで以上に力を入れるという関係が期待されます。この関係は、社員が他社でも役立つ汎用性の高いスキルを獲得すること、つまり外的エンプロイアビリティの向上をも企業が援助することを示します。すなわち、企業間の競争が激化するなか、企業が社員を定年まで雇うことを必ずしも前提とせず、エンプロイアビリティ保障によって高いスキルをもった社員がより高い業績を生むことを目的に、社員に能力開発などの投資をすることになります。

エンプロイアビリティに関する著書

『働く人のためのエンプロイアビリティ』(創成社)

近年のリーマンショックにみられるように、過去何度となく雇用に対する不安感がわが国、そして世界中の働く人々を襲いました。そうしたなか、会社などの組織で雇用される能力を示すエンプロイアビリティが高いほど、意に添わず辞めさせられたりすることも少なく、また仮に辞めさせられても転職が可能となると考えられます。つまり、エンプロイアビリティが高いことは、終身雇用の崩壊、雇用の劣化や漠然とした雇用不安にさらされている多くの働く人々にとって、理想的な状態を示しているといえます。

本書では、以上のような意義をもつ働く人のエンプロイアビリティについて、その要因や影響、エンプロイアビリティを高めるための組織の人的資源管理などについて、国際比較も行いながら、検討しました。部分的ですが、分析結果を示すと以下のようになります。

第1に、 日本とエンプロイアビリティの母国ともいえるイギリスの比較調査を行いました。その結果、両国とも働く人のエンプロイアビリティに、現在の所属組織で評価されて勤め続けられる側面(内的エンプロイアビリティ)と他の組織に転職できるという側面(外的エンプロイアビリティ)の両面がみられました。また、日本でもイギリスでも、前者の方が後者より高く、さらに両国を比較した結果、イギリスの方が日本より両面とも高いという結果がみられました。国を挙げて働く人のエンプロイアビリティ向上に取り組んできたイギリスと、社員のエンプロイアビリティを高めるという意欲が必ずしも高いとはいえないわが国との違いが見出されたといえます。

第2に、人的資源管理の観点から検討した結果、積極的に研修などの能力開発を行うことは、社員のエンプロイアビリティを高めていました。さらに、積極的な能力開発はエンプロイアビリティを高めることを通して、キャリアへの満足感や将来のキャリアの見通しにプラスに作用するという効果がみられました。このことから、他社でも使えるような汎用的なスキルを高めることによって、結果的に従業員に転職され、能力開発投資が無駄になるという「エンプロイアビリティ・パラドックス」の問題には陥らないということが示されました。

本書は、現在組織で働いている人だけでなく、これから社会人になる学生の皆さん、再就職を考えておられる主婦の方々、行政、職業訓練機関や民間の教育訓練事業に携わっている人々など、幅広い方々に読んでもらいたいと思っています。なお、実証分析の統計数字などが読みにくいと思われる方は、「実証分析」と書かれている節を読み飛ばして下さい。

エンプロイアビリティに関する学術論文

「大学生のエンプロイアビリティとそのモチベーション等への影響-文献展望と仮説の構築」『青山経営論集』第47巻第3号 pp.31-45

組織に雇用される能力や可能性を示すエンプロイアビリティを高める必要がある人々として、失業中の人、現在勤めている人、身体等に障がいをお持ちの人など、多くの人々が対象として検討されてきました。その重要な対象の一つが社会に入る前の学生の皆さんです。特に、学生の就職はバブル経済の崩壊やリーマンショックの際にみられたように、景気や経済の影響を受けやすく、たびたび「就職氷河期」といわれてきたのは多くの方々がご存知のことでしょう。

本論文では、「社会人基礎力」などで測定される大学生の就業力(エンプロイアビリティ)について論じました。まず、大学教育における学生のエンプロイアビリティの重要性に触れた後、現職者等と異なる大学生のエンプロイアビリティの特徴、その構造や分類について述べました。次に、大学生に求められるエンプロイアビリティのための具体的なスキルについて検討しました。さらに、学生生活においてエンプロイアビリティが学生のモチベーションに及ぼす影響や、就職に対する不安がモチベーションの低下につながらないためのエンプロイアビリティの役割について触れました。最後に、学生のエンプロイアビリティ向上にとって重要な大学の役割を論じました。

就職に対する不安の真っ只中にいる大学生やその親御さん、大学のキャリア教育や就職支援に興味がある方は是非、以下をお読み下さい。

本文へ(PDF)

「エンプロイアビリティ保障の実証的研究」 『日本経営学会誌』第36号 pp.26-37<査読済み>

組織に雇用される能力や可能性を示すエンプロイアビリティについては、企業などの組織への雇用が焦点となるため、働く人が全く組織に頼らずにそれを高めていくことは難しいと考えられます。(特に若い人の)高い失業率が長年共通の政策課題となってきたヨーロッパ諸国では、組織が社員のエンプロイアビリティを高める必要性が認められてきました。これを「エンプロイアビリティ保障」といいます。本論文では、わが国の組織でエンプロイアビリティ保障が成り立つかどうかと、それが社員のキャリア意識を高めるという形で組織にとって本当に有効なのかどうかを、研修などの能力開発の観点から検討しました。欧米では、社員の能力を向上させる能力開発が、エンプロイアビリティ保障の手段として以前から有効と考えられてきました(能力開発以外の人的資源管理については、Aoyama Journal of Business第50巻第2号に掲載)。

民間企業の正社員に対する質問票調査の結果、以下のことがわかりました。

第1に、組織による積極的な能力開発は、社員の二つのエンプロイアビリティ、つまり、内的エンプロイアビリティ(社内で評価の高さを通して組織に雇用され続けること)及び外的エンプロイアビリティ(社外での雇用、転職を可能にすること)をともに高めていました。組織が積極的に能力開発を行うことによるエンプロイアビリティ保障が成立していました。

第2に、積極的な能力開発はエンプロイアビリティを高めること(エンプロイアビリティ保障)を通してこれまでのキャリアに対する満足感にも将来のキャリアの見通し(展望)にもプラスに働いていました。つまり、エンプロイアビリティ保障の有効性も示されました。企業が能力開発を通して社員のエンプロイアビリティを高める必要性が明らかにされたといえます。

働く人の雇用問題等について興味をおもちの方は、是非お読み下さい。なお、統計数値などが読みにくいと思われる方は、それらを飛ばして、1、2及び5の部分を中心にお読み下さい。

エンプロイアビリティまとめ

エンプロイアビリティはふわふわとしたとらえどころのないものだといわれることもあります。しかし、多くの人々にとってエンプロイアビリティの向上が望ましいと考えられる以上、働く人がそれをどのように高めていくかについて、国、公共団体、企業、働く人々、研究者それぞれがそれぞれの立場での検討を進めていくべきでしょう。

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