山本寛研究室 特集

リテンションマネジメント

リテンションとは

現代は、人材獲得競争の時代です。転職の増加もそれを後押しし、有能な高業績をあげる人材や将来の中核人材の争奪戦が展開されているのです。これを逆の面からみると、現代は高業績人材がいつでも他社に流出する可能性がある時代ということになります。中国など経済が急速に発展している国々では、わが国以上にこの傾向が顕著です。組織における人のマネジメント、つまり人事管理の観点から、こうした状況を見た場合のキーワードが定着やリテンションです。

リテンションとは、一般に「保持」「保留」「継続」「引き留め」などを意味します。マーケティングでは顧客を維持するという意味で使われますが、人事管理では、社員を企業内に確保する(引き留める)ことを意味します。そして、1年後や3年後などに企業に留まっている社員の割合などで測ります。このように、リテンションは人を雇用している組織を主体とし、組織が行う具体的なマネジメントに関係します。

リテンションの結果として、対象社員の勤続年数の長期化につながります。近年多くの企業で、定着率の高さが人事管理がうまくいっているかどうかの指標として注目されるようになってきました。また、いくつかの企業では営業目標の達成などと並び、部下の定着率が管理職の重要な評価の対象となっています。さらに、大学生などの就職活動においても、退職率の高い業種や企業が敬遠される傾向が強まり、優秀な人材を採用したい場合、リテンションが重要になってきました。そして、高業績をあげる社員のリテンションに失敗した場合、すなわち彼らが退職した場合、短期的には、別の社員の採用・配置転換や教育訓練、生産性の低下などのコストを増大させます。長期的にも、彼らが持っている知識、スキルやノウハウ、例えば営業職では、顧客との人間関係をつくるスキルなどが失われるのです。

リテンションマネジメントとは

人事管理としてリテンションをとらえる場合、特にリテンションマネジメントといいます。これは、高業績者を中心とする社員が、できるだけ長く組織にとどまってその能力を発揮することができるようにするための具体的なマネジメントを意味します。

リテンションマネジメントには、間接性という特徴があります。リテンションマネジメントという他と独立した施策がある訳ではなく、人事管理に関する多くの施策を行うことを通して、社員の定着という目的の達成を図ります。もともと人事管理に関する施策にはそれぞれ固有の目的があります。研修など教育訓練の目的は社員の能力の開発であり、福利厚生の目的は社員の福祉の向上と考えられます。リテンションマネジメントは、それら施策によるそれぞれの目的の実現を通して、社員が自社に魅力を感じ、結果的に社員の退職を防止すること、すなわち定着という目的の達成を図るのです。

リテンションの対象

企業がリテンションの対象とすべきなのは、社員すべてでしょうか、それともある特定の社員でしょうか。社員の退職が企業に及ぼす影響の大きさは、誰が去り誰が残るかにかかっているからです。もちろん、高い業績をあげる社員がその対象であることに異論はないでしょう。また、入社後の配属や研修などの計画を考えれば、確実に入社してもらいたい、入社前の内定者も重要な対象となります。その他にも、業績は必ずしも高くないが、部署内のコミュニケーションの中心となり、雰囲気を和らげる、皆をやる気にさせるような社員も対象となり得ます。

ところでそもそも、高業績者だけに絞ったリテンションマネジメントは可能なのでしょうか。その点に関して、シャンパンタワーモデルとレーザービームモデルという2つのモデルが考えられます(図参照)。シャンパンタワーモデルのシャンパンタワーとは、シャンパン・グラスをタワーのように積み上げていき、頂上からシャンパンを注ぐという結婚式などで使われる演出です。仮に、業績上位の層(タワーの上のグラス)を対象とするリテンションマネジメントを実施しても、最終的には、全社員(全てのグラス)を対象とせざるを得ない(シャンパンが注がれる)ことになります。それに対し、レーザービームモデルは、レーザービームのように高業績者だけに集中したリテンションマネジメントが可能であることを示しています。社員にかかるコストの観点からいうと、レーザービームモデルが望ましいと考えられます。しかし、ほとんどの人事管理が全社員を対象としているという現状から考えると、シャンパンタワーモデルが多くの企業でのリテンションマネジメントの実態ではないかと考えられます。

図 シャンパンタワーモデルとレーザービームモデル

図 シャンパンタワーモデルとレーザービームモデル

 

リテンションに結びつく具体的な人事管理の例

①現実的職務予告

採用に関する人事管理の一つで、入社希望者に対しその企業に採用された後、どのように働くかについて、明確に、詳細まで伝えることです。これによって、仮に入社前に企業や入社後の仕事について、非現実的に高い期待を持っていたとしてもそれを抑え、入社後の幻滅体験を抑制するとされています。そのため、ワクチン効果という場合もあります。この考え方によると、入社後多くの社員が仕事上体験するようなことについては、マイナスに受け取られがちなものでも包み隠さず開示することが必要です。それによって、実際体験した場合でも、事前にある程度予想されているため、企業への信頼感が損なわれることは少ないでしょう。実際、電話交換手募集の映像を、良いことばかり並べているものからより現実的なものに変えることで、退職率が低下したなどの成果が報告されています。

②雇用の保障

社員をリストラせず、組織での定年まで(または長期)の雇用を保障することで、長年、わが国の経営の特徴といわれました。経営トップが全社員に向けて宣言し、実際に守り続けることが重要です。これは、アメリカ、イギリス、中国、ノルウェーなど多くの国々の社員を対象とした調査でも、リテンションに有効であることが示されています。雇用保障によって、社員は不意に解雇される心配がなく、安心して生活ができます。また、企業の教育訓練を活用することで、能力の開発およびキャリアの発達が可能となります。これらの長所が社員に評価されて、定着につながると考えられます。

③賃金の高さ

賃金など企業が社員に支給する報酬の管理とリテンションとの関係が多く検討されてきました。その結果、賃金が高いことは社員の退職率の低さや勤続年数の長期化に寄与する、つまり、リテンションマネジメントとして有効であることが実証されてきました。しかし、春闘などにより社員の賃金が一律にアップする時代は終わりを告げました。また、個人の成果を重視する成果主義が広がり、賃金を一律に高くすることで、多くの社員が満足するような高い賃金を支給することは困難になってきました。それらは、経済の動向や組合との交渉など、コントロール不可能な条件に左右されるからです。リテンションマネジメントとしては、賃金の額という量的側面ではなく、賃金などをどのように配分するかという質的側面の方が重要になります。具体的には、勤続年数を重視するか、業績を重視するかなどですが、現在までのところ、どのやり方がリテンションに有効かという統一的な結果はみられていません。

④福利厚生

社員の福祉の向上を目的に、社員とその家族のために(賃金以外で)組織が提供するものを指します。福利厚生には、リテンションを促進する効果が指摘されてきました。例えば、企業独自の年金や持ち家補助などに典型的にみられるように、質の高い福利厚生は、転職した場合他の企業では得られないため、社員に退職を思いとどまらせる効果をもつと考えられるからです。実際、外国でも、職場のストレス、人間関係やプライベートな悩みなど仕事に影響を与える課題についてのカウンセリングを行う制度、セクハラ防止施策や退職者用のファンドの導入などがリテンションを高めていました。

以上は、社員の雇用、報酬、福利厚生など様々な人事管理の領域に属しており、リテンションマネジメントは、人事管理全体で総合的に検討する必要が示されたといえます。

リテンションマネジメントに関する著書

『人材定着のマネジメント―経営組織のリテンション研究』(中央経済社)

少子高齢化が進行しているわが国では、近年人手不足の傾向が顕著にみられます。他方、転職の一般化に伴い、現代は人材獲得競争の時代を迎えています。有能な高業績を挙げる人材、将来のコア人材の争奪戦が展開されているのです。つまり、現代は高業績人材がいつでも他社に流出する可能性がある時代なのです。新規学校卒業者の採用が大手企業よりも困難な中堅、中小企業では特に問題といえるでしょう。さらに、中国など経済が急速に発展している国々では、わが国以上にこの傾向が顕著になっています。以上の状況から、優秀な人材にいかに長く自社にとどまって能力を発揮してもらうかという定着(リテンション)は、多くの国々の多くの組織にとって重要な問題なのです。

本書では、社員のリテンションがうまくいくための人的資源管理であるリテンション・マネジメントを検討しました。部分的ですが、分析結果を示すと以下のようになります。

第1に、評価・昇進の適切な実施や雇用の保障など、社員の組織や仕事に対するコミットメントを高めるような施策がリテンションを促進していました。さらに、人的資源管理は社員のキャリア発達、特に昇進の可能性を高めることでよりリテンションを促進することが明らかにされました。加えて、以上の関係は社員の職務業績の高低に関わらずみられ、高業績者だけに限定したリテンション・マネジメントの実施は困難であることがわかりました。

第2に、これまであまり検討されてこなかった、ワークライフバランスを向上させるような施策や非正規社員を重視するような施策が、正社員のリテンションを促進することが明らかになりました。

第3に、多くの職場で仕事の基幹的な役割を占めるようになってきた非正規社員のリテンションについて検討しました。その結果、社員をできるだけ公平に処遇しようとする施策や職場内のコミュニケーションを促進させる施策がリテンションに寄与しており、正社員とは異なるマネジメントの必要性が示されました。

第4に、退職(予定)者の個々の状況にできるだけ配慮した管理、つまり、退職後の生活についての配慮、十分なコミュニケーション、進路相談・援助等を行っているかがリテンションに強く寄与していました。退職するかどうかの最後の判断、いわば「最後の1マイル」に関係する退職管理をきめ細かに実施することの重要性が明らかになりました。

わが国の今後の人的資源管理のあり方や従業員のリテンションに関心をお持ちの方は、是非以下をお読み下さい。なお、実証分析の統計数字などが読みにくいと思われる方は、「実証分析」と書かれている節を読み飛ばして下さい。

リテンションマネジメントに関する学術論文

「組織のキャリア開発の観点からみたリテンション・マネジメントの国際比較」『青山経営論集』第44巻第3号 pp.133-152

社員の定着(リテンション)を促進するための人的資源管理を意味するリテンション・マネジメントには、国による違いはあるのでしょうか。バブル経済の崩壊以降、多くの企業がリストラを実施するようになり、わが国では終身雇用の慣習が一部崩れてきました。そこで、働く人は自分のキャリアを組織に頼らず、自律的に展開する必要性が高まってきました。他方、組織には、キャリアデザイン研修や人材公募制度などに代表されるような、社員が自分のキャリアを発達させていくことを側面から援助するというキャリア自律重視のキャリア開発を行うことが求められるようになってきました。そこで、本論文では、このキャリア自律重視のキャリア開発をリテンション・マネジメントの施策として取り上げました。そして、キャリア開発とリテンションとの間に、社員のキャリア発達と組織間をまたがったキャリア発達に対する自信(組織間キャリア効力)という二つのプロセスを設定し、そのモデルが、わが国と異なる文化圏の国々でも成立するかどうかを、日米豪3カ国の働く人を対象に国際比較調査を実施しました。

その結果、自律性重視のキャリア開発は、社員のキャリア発達を促すことを通じてリテンションを促進しました。しかし、それと同時に、組織間キャリア効力を高めることを通じてリテンションにマイナスに働きました。つまり、自律性重視のキャリア開発は諸刃の剣であることが示されたといえます。実際に退職に結びつくかどうかは、キャリア発達による促進効果と組織間キャリア効力による抑制効果のどちらがまさっているかによることになります。そして、この関係は、日本、アメリカ、オーストラリアに共通にみられ、リテンションにおよぼすキャリア自律重視のキャリア開発の効果は文化圏の違いを超えて高いことが示されました。

優秀な人材の定着に課題を抱えている企業の人事部や経営者の方々など、広くリテンションの問題に関心がある方々は、以下を是非お読み下さい。なお、統計数値などが読みにくいと思われる方は、それらを飛ばして、1、2、4の部分を中心にお読み下さい。

本文へ→組織のキャリア開発の観点からみたリテンション・マネジメントの国際比較.pdf

「戦略的人的資源管理における従業員のリテンション・マネジメント―文献展望と仮説の構築」『青山経営論集』第42巻第1号 pp.137-155

近年、組織の人的資源管理は、他社との差別戦略や特定の市場に集中するという集中化戦略など組織全体の戦略と密接に関係することが重視されるようになってきました。具体的には、そうした戦略の実行のために社員を重点的に活用すること、つまり経営戦略に対応した人的資源管理が高い業績につながるという点を強調する戦略的人的資源管理という観点です。本論文では、この観点からみて、社員の定着(リテンション)を促進するための人的資源管理を意味するリテンション・マネジメントはどうあるべきかを考察しました。先行研究の検討の結果、戦略的人的資源管理論の3つのアプローチのなかで、ある特定の人的資源管理(群)と組織業績との関係がどのような組織でも普遍的であるというベストプラクティス・アプローチによるリテンションの研究が最も多く、また有用な結果を見出していることがわかりました。具体的には、雇用の保障や社員としての資質を十分考慮した選抜的採用など社員の組織や仕事に対するコミットメントを高めるような人的資源管理施策が、リテンションを促進して高い組織業績につながるのではないかということが明らかになってきました。

今後の人的資源管理のあり方や社員のリテンションの問題に関心をお持ちの方は、是非以下をお読み下さい。

本文へ→戦略的人的資源管理における従業員のリテンション・マネジメント.pdf

「組織従業員のHRM認知とリテンションとの関係-キャリア発達の観点から」『産業・組織心理学研究』(産業・組織心理学会)第20巻第2号,pp.27-39<査読済み>

社員の仕事や組織へのコミットメントを高めるような組織の人的資源管理が、リテンションを促進するというモデルが広く欧米の企業で成立するということがわかりました。そこで、わが国でもそのモデルが成立するかどうかを検証するために、社員の評価・昇進の適切な実施、積極的な教育訓練および雇用の保障を実施しているかどうかということと社員のリテンションとの関係をアンケート調査によって分析しました。

結果として、コミットメントを向上させる人的資源管理のリテンションへの効果はほぼ立証されました。その中で、雇用保障の効果が最も高かったことから、社員のリストラの実施はリテンションにマイナスであることが明らかにされました。また、評価・昇進の適切性の効果もみられ、評価をいかに公平に実施するかが重要であることが見出されました。さらに、人的資源管理は社員のキャリア発達、特に昇進の可能性を高めることでよりリテンションを促進することが明らかにされました。加えて、以上の関係は社員の職務業績の高低に関わらずみられ、高業績者だけに限定したリテンション・マネジメントを実施することは困難であることがわかりました。

人材のリテンションの問題に関心をお持ちの方は、是非以下をご参照下さい。なお、統計数値などが読みにくいと思われる方は、それらを飛ばして、研究の目的と結果の考察の部分を中心にお読み下さい。

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リテンションマネジメントまとめ

組織にとっても社員にとってもリテンションが重要であることがわかってきました。しかし、同時に高業績者の完全なリテンションが不可能である以上、彼らが退職しても、経営が過度な打撃を被らないような組織をつくる必要があります。一例として、アメリカの航空業界では、企業間の競争により勝者と敗者が出現することを前提として、業界全体で社員同士をチーム単位で貸し出すという取り組みを実施しています。このように、企業グループ、同一業界、同一地域内というようにリテンションの範囲を拡大することなどが考えられます。

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